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Chernobyl Day・報告レポート


チェルノブイリ原発事故から27周年を迎えたことを記念し、「JAN UK」主催のチェルノブイリ・デー集会が開催された。

Here is the link to English Report


『After Fukushima, what can we learn from Chernobyl? ―福島の子供たちのために。私たちがチェルノブイリから学べることは?』と題されたこのイベントは、チェルノブイリ被災者の慈善市民団体「ゼムリャキ」の代表であるタマラ・クラシツカヤさんをゲスト・スピーカーに迎え、福島の子供たちのためにチェルノブイリから何を学べるかを一緒に考えるというものだ。

4月27日、ロンドン中心部にある会場でイベントは開催された。
イギリス人を中心に50人以上が集まり、場内は熱気に包まれている。
タマラさんは、通訳のナディヤさんを介して、まずはチェルノブイリ事故の経緯と強制避難の体験について話していく。


チェルノブイリ原発はウクライナ(事故当時はソ連)で唯一の原発であり、タマラさんたちが住んでいたプリビャチは、チェルノブイリ原発からわずか1キロの場所にあった。花と緑に囲まれた美しい町だったという。
1986年4月26日、チェルノブイリで「レベル7」の原発事故が発生。
翌日の27日に着のみ着のままの状態で強制避難させられ、市民はあちこちばらばらに離散していったが、半年後におよそ4万人がキエフ郊外の団地に集団疎開した。
そこで、プリビャチ文化会館で館長をしていたタマラさんを中心に自治組織「ゼムリャキ」が結成されたのだ。「同郷人」という意味の「ゼムリャキ」は、元プリピャチ市民の居所を探したり、被災者の精神的サポート、健康・社会・経済的な支援をしたり、コンサート、集会、サークル活動などを行ってきた。
福島原発事故以来、日本の議員や事故調査委員会なども「ゼムリャキ」を訪れるようになり、今年3月にはタマラさんが日本政府に招待されて福島など6ヵ所で講演を行い、福島の被災者とお互いの体験をシェアするなどの交流をしたという。


タマラさんは「日本はチェルノブイリからのレッスンを学んでいない。チェルノブイリの悲劇が福島で再び繰り返されている」と語る。
「政府が事故の全貌を発表せず隠蔽しているのも同じ。ソ連では土地や不動産は国営だったが、日本ではすべて個人所有であることが事態を難しくしている。海が汚染されたことも大問題だ」と指摘する。
実際にチェルノブイリ事故を身をもって体験したタマラさんだけに、その言葉には重みがある。
さらに衝撃的だったのは、プリピャチから避難した4万4千人の市民のなかで現在でも生きているのは1万9千人のみという話だ。
実に半数以上がすでに亡くなっていることになる。しかも、事故翌日に強制避難し、汚染地を離れたという状況でこの実態なのだ。
改めて、原発事故の恐ろしさを痛感する。
タマラさんの話の後は、休憩を挟んで、質疑応答になり、出席者から積極的な質問がだされた。
そして、ロシア民謡「カチューシャの歌」をロシア語、日本語で歌い、最後にプレゼント交換を行い、盛況のうちにチェルノブイリ・デー集会は終了した。

また、今回のイベントでは、集団疎開を余儀なくされたチェルノブイリの被災者の子供たちが描いた絵画も展示された。 長年チェルノブイリの子供たちをボランティアで支援してきたロンドン在住日本人女性が、キエフに訪れた際に預かってきたものだ。 過去5年間に描かれた250点もの作品のうちの一部である。
壁に貼るスペースが足りなくなり、出席者が首から絵をぶらさげて、歩くギャラリーになるというユニークな試みもあり、出席者たちはそれぞれ興味深く絵を鑑賞していた。
「JAN UK」では今後もさまざまな反原発イヴェントを企画しており、6月2日(日)には、日本で行われ1000万人アクションと連帯しての勉強会が予定されている。

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Answering Questions


Singing Katyusha


Explains the meaning of Black & Red Rose